[ 当社代表 ]

ゲスト: Mr. John Phinney ~ 7泊



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ジョンが仕事で来日するという話を聞いた時、遂にその日が来たと思いました。 私達は年間400通づつ、2人で合計800通のメールのやりとりをしていました。チャットと国際電話も。まだスカイプがない時代でした。 当時ジョンは、シリコンバレーでもトップ・ビジネスマンで、コンピュータ産業で大活躍していました。 世界中から会社を代表するディレクターが集まる、そんな会議が日本で開催され、そこに出席するための来日でした。 会社が手配したホテルを全てキャンセルして、我が家に泊まってくれました。

私の両親は英語を全く話せませんが、私を通訳にして会話を楽しみました。 昭和10年生れの私の両親は、戦争で親を亡くしていますし、「鬼畜米兵」と教えられた時代に子供時代を送っています。 「まさか、自分の家にアメリカさんが来るとは思わんかった。ほんまに平和な時代になったんや」とは、母親の弁。 ジョンはギターを手に取り、「YESTERDAY」など数曲を演奏しました。

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ジョンが1番に行きたい場所は、「パチンコ」でした。自宅のパチンコの機械で練習を積んできたらしいのですが、現実は厳しい。 横で見ているだけの私にも「やれよ」と言うので、生まれて初めてのパチンコ体験。200円だけ玉を買って打つと、 数字が揃って、一瞬で8,000円少しの勝ち!ジョンが言いました。「Hey, brother! God loves you so much !」。 2人でカラオケに行き、ビートルズの曲を、朝までかかって全部歌ったのも、楽しい思い出です。

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日本のマクドナルドのバーガーが小さい、コーヒーが少ないという文句も、京都観光も楽しかった。 困ったことは1つだけ。ジョンの前で、日本人同士が日本語で会話をするということは、彼に内緒話をしているようで失礼なので、 私は、家族全員の発言を、ジョンに全て通訳していました。 ジョンの英語を日本語に。家族全員の日本語を英語に。 自分も会話を。一体どれだけ喋らないといけないか!疲れました。車の運転中にこれをするのは、危険でしたね。運転に全く集中できません。

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「焼き物」を買う時、色が2種類あり迷っていました。「どちらが好きだい?」と訊くので意見を言うと、彼は私の薦める方を購入。 そして帰国の日にそれを、私たちにプレゼントしてくれました。実は1つを自分に、1つを私にと、両方買っていたのです。 離れていても兄弟だと。子供たちは「また会えるから。いつでもアメリカにおいで」というジョンの言葉に、「Tomorrow!」と答えました。 これも今やジョークの定番です。何かあるごとに、soonの代わりにtomorrowを使ったり、一向にアメリカに行かない息子に「お前の明日は、いつのことだ?」と笑っています。 ジョンは私の子供にとっては、ジョンおじさんであり、私にとっては兄です。メールから始まった交流が、こんな大河ドラマになるとは夢にも思いませんでした。